読書の頁

「差異としての場所」

柄谷行人の『差異としての場所』を読んだ。

検閲と近代・日本・文学の章では、柳田国男の文章が検閲を受けた様子をみながら、当時の日本の「近代化」や民俗学という学問がどのように行われていたのかを想像することができて面白かった。批評のポスト・モダンという章では、「近代化」がつねに「反近代」的思想を孕んでいたという指摘があった。

このような状況の中で、坪内逍遥が「近代国家」日本の舞台芸術を構想したということは、やはり単なる「自由な創作」ではない作品として「舞踊」はつくられてきたのではないかと思わされた。

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国会図書館の関西館

国会図書館の関西館

国会図書館の関西館

国会図書館の関西館

今日は、初めて国会図書館の関西館にいってきた。建物がなんか未来な感じだった。芝生があったり、斜めの壁から水が流れてたり…。
めちゃくちゃ広い。図書館の4階にカフェがあるというのでいってみた。クリームソーダを注文。食券で300円なり。

探してた本のひとつは関西館になくてがっかり。それで、ある方の博論をひとつ読みました。

帰宅して、今夜は麻婆豆腐を作った。ネギが苦手なので、玉ねぎをみじん切りにして入れたけど、イマイチな味に。お豆腐は化粧油を入れてぷりぷりでおいしかった。まだまだやなぁ。

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ウソツキについて

日本ウソツキクラブ会長の河合隼雄「いま、なぜウソが大切か」という文章を読んだ。

(…)昔は「ウソは泥棒のはじまり」などと言って極端に嫌われたが、最近の心理学の研究では、「ウソ」は実に高く評価されている。(…)「ウソをつくことは、人間を他の種から区別する能力である」などという言葉もあって、(…)「大人は平均して週に十三回ウソをつく」という統計的研究があり、それを踏まえて、某教育委員会が道徳教育の時間に「ウソのつき方」を教え、生徒たちに週十三回以上ウソをつくように指導したところ、生徒たちの精神衛生がぐっとよくなり、いじめも不登校もまったく消滅……(…)。

どのようなウソが人を傷つけ、どんなウソなら人を救うのか。ウソツキが日本を救う?ウソツキが世界を救う?

冗談や必要最小限の虚言を吐くことが「いけないこと」として教えられると、マジメでいることがストレスになって大きなウソをつく病気にかかってしまうことがあるらしい。

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33の質問

懐かしい文章を読んだ。谷川俊太郎の33の質問である。

  33の質問

1 金、銀、鉄、アルミニウムのうち、もっとも好きなのは何ですか?

2 自信をもって扱える道具をひとつあげて下さい。

3 女の顔と乳房のどちらにより強くエロチシズムを感じますか?

4 アイウエオといろはの、どちらが好きですか?

5 いま一番自分に問うてみたい問は、どんな問ですか?

6 酔いざめの水以上に美味な酒を飲んだことがありますか?

7 前世があるとしたら、自分は何だったと思いますか?

8 草原、砂漠、岬、広場、川岸、海辺、森、氷河、沼、村はずれ、島-どこが一番落ち着きそうですか?

9 白という言葉からの連想をいくつか話して下さいませんか?

10       好きな匂いを一つ二つあげて下さい。

11       もしできたら、「やさしさ」を定義してみて下さい。

12       一日が二十五時間だったら、余った一時間を何に使いますか?

13       現在の仕事以外に、以下の仕事のうちどれがもっとも自分に向いていると思いますか? 指揮者、バーテンダー、表具師、テニスコーチ、殺し屋、乞食

14       どんな状況の下で、もっとも強い恐怖を味わうと思いますか?

15       何故結婚したのですか?

16       きらいな諺をひとつあげて下さい。

17       あなたにとって理想的な朝の様子を描写してみて下さい。

18       一脚の椅子があります。どんな椅子を想像しますか?形、材質、色、置かれた場所など。

19       目的地を決めずに旅に出るとしたら、東西南北、どちらの方角に向かいそうですか?

20       子どもの頃から今までずっと身近に持っているものがあったらあげて下さい。

21       素足で歩くとしたら、以下のどの上がもっとも快いと思いますか? 大理石、牧草地、毛皮、木の床、ぬかるみ、畳、砂浜。

22       あなたが一番犯しそうな罪は?

23       もし人を殺すとしたら、どんな手段を択びますか。

24       ヌーディストについてどう思いますか?

25       理想の献立の一例をあげて下さい。

26       大地震です。先ず何を持ち出しますか?

27       宇宙人から<アダマペ プサルネ ヨリカ>と問いかけられました。何と答えますか?

28       人間は宇宙空間へ出てゆくべきだと考えますか?

29       あなたの人生における最初の記憶について述べて下さい。

30       何のために、あるいは誰のためになら死ねますか?

31       最も深い感謝の念を、どういう形で表現しますか?

32       好きな笑い話をひとつ、披露して下さいませんか?

33       何故これらの質問に答えたのですか?

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型について

東京へ行く前に、今日はたまっていた本の返却に図書館めぐり。


『観世寿夫著作集2仮面の演技』平凡社、1981
p28

(・・・)演技者として一人前になる以前に習得しなければならないからだの訓練(・・・)稽古のことを能では「カタの稽古」と称しているが、このカタ(型)、すなわち動作は決して演技の断片の稽古ではないのである。動作のパターンとして説明した動作の単元や、それだけ独立させて舞うことも可能な「舞」は、たしかに演技の断片にはちがいない。しかし「舞歌の二曲」は、演技の断片を稽古するという質のものではない。あくまで演技以前の肉体訓練である。
(・・・)(能は)全体を通じて流れるもの、一曲を通して描き上げるものこそが要求されるのである。(・・・)歌舞伎には「見得」という、タブローとしての刹那的な美しさが必要であろう(・・・)。

歌舞伎や江戸時代以降につくられた芸能には、作品全体の中に見所がある。渡辺保は以下のように書いている。

渡辺保『歌舞伎:型の魅力』角川書店、2005
p4

(・・・)型という言葉には、二つの意味がある。一つは広い意味での型。(・・・)要するにその役を表現するためのシステム全体をいう。
 もう一つは狭い意味での型。(・・・)たとえば(・・・)様式的に動くハイライトの動きをいう。(・・・)そこが役者の仕どころであり、見せ場であり、観客の見どころでもある。

一方、能にはそういう見所という断片がないというのが観世寿夫の考えであった。乱暴な言い方をすれば、狭義の意味において、能の型は動作のパターンであり、歌舞伎の型は見所の動きであるということもできるかもしれない。とすれば、芸能や舞踊の場合、型=動作なのだろうか。


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